二十歳のころ I
この記事は2017年12月31日に書きました。
立花隆+東大・立花隆ゼミ著、「二十歳のころ I 1937~1958」、を師走の慌ただしい時期に読み切った。
この本は、1937~1958年に二十歳を経験した著名人が、当時どのように考え・生活していたか、またそれを振り返り今何を思うか、インタビューまたは手記といった形で各人の人生観を二十歳を軸としてまとめたエッセイ集である。
立花隆の青春が持つ重要性やインタビューにかかる話も興味深かったが、それ以上にメインのインタビュー集はどれをとっても含蓄が感じられるものだった。
個人的にこの本を読んでまず思ったことは、戦前戦後の間で漂っていた・あるいは体験した死生観がその後の太平?の世を生き抜く上で重要な特質なのだ、ということである。それは極論からするとサイコロの出目を占うがごとく死生が決まってしまう銃後だったことも大きく影響しているし、敗戦前後で貧しさがピークに達したこともそうだろう。 こうした死や貧困がわかりやすくいたる所に広がっていた当時と現代とでは、反骨精神を生む土壌としてのポテンシャルは比べ物にならなかったであろうことは容易に想像がつく。 そしてやはり革新的な行いを生み出す人には何かしらのやり遂げるだけの原動力が必要になってくるし、そうした力の根源にある執行能力・粘り強さはそういった精神性が大いに関係していると私は思う。 当然、これら特質を持った性格は現代でも生まれうるがやはりそうした貧困環境に置かれた当事者の母数が違いすぎるから、この中から作中登場する著名人に類するキャラクターが生まれる可能性は比べて低いのはそのとおりだろう。
したがって、そうした時流に揉まれた様々な人(とはいえ生存バイアスが強くかかっているハズだが)の話を読めば読むほど、人の行く末なんてものは、若い頃つまり精神的に成熟していく過程その時の時流であったりとか経済状況や文化的成熟度に強く依存してるんだな、つまるところ(押井守の言葉を借りれば)歴史の問題なんだなと強く思わせてくれる。もちろん、偶然のめぐり合わせみたいな運の要素はどの時代でもそこそこ重要な影響ではあるとは思うが、ここでの問題はそうした運を自分に呼び込むためのための土壌がどの程度時代によって用意されていたかと言う点だろう。
日本が貧困から経済成長を経験し、至った現代を見渡してみると、文化的成熟度は飽和しているようにすら見える。そうしたなか、著名人が経験した過去と同じ尺度で今を測ってもどうしようもないことは明らかだ。生まれた年ごとに等高線が引かれているかのごとく、将来へのパスの範囲が年齢によって大小あれど異なることはもはや疑いようがない。かく言う私も、著書中で出てくる著名人が生まれた時代をうらやんでいないといえば、嘘になる。
ただやはり、そうしたものに対して憤りを感じているだけではやはりだめなのだ。もうすでにおのおのの将来へのパスの範囲を決めている「それ」はそこに横たわっているわけで、我々、そうした範囲で区切られた中に居る人間には、「それ」の存在をどうこうすることはできない。ただ我々自身ができることといえば、なんとかして「それ」を越えていくことができるパスを見つけるためにあがくことだけである。このあがき、諦観や憤りとは違った、別方向へのちからの作用をもたらす意気込みを胸に行動すること、が必要なのだろうな、と一部の著作中の著名人も言っているし、私もそう感じた。
乗り越えることができない歴史があることを理解し、自分の中でよく噛み砕き飲み込んだ上で、やるべきことを見つける(自分なりに生きる)ことは重要である。ただそうした悟りとは別にこの本は、現代にも通じる示唆も与えてくれる。例えば、やりたいこと・やれることはやれるうちにやっておくべきなのだ、そしてそうしたことができるのは若いうちだけであるし、またそうした若い頃の体験はかけがいがなくその後の考え方に深く繋がる、と言った点についてはどの世代においても共通しているようである。
小川国夫、森毅、妹尾河童、山田太一、加藤尚武、山藤章二、や被爆者の方々のお話が個人的に興味深かったことを最後に記しておく。